2018年6月17日日曜日

大久保通り拡張を機としたまちづくりシンポジウム

2018年6月3日(日)、標記のシンポジウムが行われました。大久保通りの拡幅事業が進められるなか、将来拡がる道路空間をどのように使うべきか、また、事業期間が長期にわたることが予想され、その間の対応をどうするか、様々な意見が出されました。その結果を紹介します。

201863日(日) 午後2時~430
■理科大森戸記念館
■参加人数:52

1班 テーマ:買い物(商業者、お客さん)
ファシリテーター:山下
Ÿ   サービス提供者側の人たちがグループに入った。
Ÿ   拡幅で、坂下、坂上の二つの商店街は分断されるのか?
Ÿ   拡幅はどんなよいことがあるか、どんなダメージか?
Ÿ   メリット
Ø  歩道が広くなり歩きやすくなる
Ø  自転車の道ができる
Ø  歩道スペースで駐輪できる。時間貸しも可能。
Ø  歩道を生かしたイベント 屋外店舗ができる。
Ø  最大のメリットは商業的には空間が広がること。
Ø  外からのお客を迎えるのに駐輪などのスペースが取れる。
Ÿ   ディメリット
Ø  坂上交差点を中心に、上と下が分かれてしまう。早稲田通りとしての一体感がなくなる。
Ø  イベントがやりづらくなる。
Ø  わたりづらさが増す。人の動線が切れる。どちらかにしか行かなくなってしまう。
Ø  一方が衰退する危険性もある。
Ø  まちとして商業的な魅力が薄れる。幅員30mになると、そちらからちょこっと入る感じになってしまうのでは。
Ø  景観的な魅力がダウンする。
Ÿ   ディメリットを排除し攻めていくことが必要。

2班 テーマ:生活(子育て、高齢者支援、福祉)
ファシリテーター:中島
Ÿ   拡幅によってどういう心配があるか?
Ø  道路横断できるか。信号の時間が短く渡れるか?段差ができるのではないか。
Ÿ   放射25号線の文京区側は道路ができた。そこでどういうことが起こっているかよく見るべき。
Ÿ   道路の完成部分は自動車通行量が少なく、歩行者が信号ないところで渡っている。自動車の利便性のため信号が少ない。そうなったらこまる
Ÿ   道路拡幅した場合、レーン数や段差はどうなるか。自転車レーンはどこがベストか。
Ÿ   車線が増えると一時路上駐車が増えそう。
Ÿ   清掃活動をしている立場(グリーンバード)からみると、道の管理、歩道の管理や清掃をどうするか気になる。神楽坂は道に対するまちの意識が高いのではと思う。とはいえ近年来街者が増え、ゴミも増加している。 
Ÿ   自分たちですることと、行政にお願いすることの両方を考えるべき。
Ÿ   道路用地(空地)の管理をどうするか。喫煙スペースとするか?喫煙者も排除ではなく受け入れを考えるべき。
Ÿ   今の立て看板、放置自転車をどうするか。
Ÿ   魅力的なみち、魅力的な交差点にするにはどうすればよいか。
Ÿ   道路用地(空き地)を休憩所に使えないか

3班 テーマ:文化・イベント
ファシリテーター:日置
Ÿ   まちとびフェスタ実行委員が多く参加。
Ÿ   大久保通り拡幅でイベントはどうなるか?建設途中段階とできたあとに分けて討議した。
Ÿ   拡幅後は、意外と心配はない。基本的に最初からまちを面でとらえているので、道が広がること自体はOK
Ÿ   歩道が広ければ、活用可能性広がる。まちの横方向(縦は神楽坂通り)に拡がる。
Ÿ   完成までが問題。いつできるか見えない。空地が目立つ。
Ÿ   イベントで空地を利用する。例えばキッチンカーを入れる、坂にお絵かきをしたものを見せるなど。
Ÿ   空地の見た目自体をどうするか。
Ÿ   広い歩道をどうやって利用するか。
Ÿ   大久保通りの両サイドでフェスタやおまつりを行い、まち全体でイベントやっているようにしたい。
Ÿ   神楽坂は、外からみると一つの神楽坂に見えている。
Ÿ   物理的な幅はひろがるかもしれないがソフトでカバーしたい。
Ÿ   神楽坂を面でとらえると、大久保通りは単なる通りのひとつ。それよりも路地に着目して活動をしていきたい。

4班 テーマ:まち並み景観・スケール感
ファシリテーター:鈴木
Ÿ   このグループには比較的地元の人が集まり、地元の視点で討議した。
Ÿ   拡がるとして、どのようなみち、空間にしたいか?
Ÿ   緑豊かで気持ちよく過ごせる場所に。神楽坂には広い公園がない。
Ÿ   大久保通りは初めから賑わいの道ではなかったので、散歩の道、休める道にすると良い。神楽坂には休める場所がない。ベンチなどを置いて。
Ÿ   ゆっくりと過ごせる場所。犬の散歩もできて。
Ÿ   まちの風格を形成するものとして、大木があるとよい。
Ÿ   文京区の播磨坂のような緑道がよい。(都市計画道路を緑の空間にした)
Ÿ   広がったところでイベントできるとよい。普段は公園のような使い方。
Ÿ   特定の祭り以外の時もコーヒースタンドなど出せると良い。
Ÿ   神楽坂は人が主役のまち。歩きやすく、散歩を楽しめるみちがよい。
Ÿ   車道は最小限に。防災用必要なら、平常時は歩道とし、非常時は緊急車両が通行できるようにするという方法もある。 
Ÿ   歩行者天国の時間拡大を。土曜日の午後も歩行者天国にできるのではないか。商売上は可能。ただし警察の許可がなかなか取れない。
Ÿ   坂上と坂下の分断が懸念される。
Ÿ   大久保通りを地下化すればよいのでは。
Ÿ   車道が広がるとお年寄りがわたるには厳しい。広めの中央帯分離帯を設け、そこを緑道にすればよいのでは。
Ÿ   神楽坂通りに統一的舗装を施し、一体感を生み出す。大久保通りをその歩道が横切る。
Ÿ   どんな雰囲気になるのか。神楽坂らしい新しいシンボル的な空間になると良い。
Ÿ   昔の施設を想起できるものが欲しい。かつて大久保通りの近くには劇団などもあったが、今はその痕跡すらない。
Ÿ   みちの新しい名称をつけたい。大久保通りではなく。
Ÿ   歩道が拡幅されても、沿道が全部マンションやビルでは、まちは賑わわない。音羽通りのような、壁の連続にはしたくない。
Ÿ   協定で1階は商店にしてはどうか。
Ÿ   車道を広げるとタクシーの待ち行列で占拠されてしまうのでは。

5班 テーマ:ビジター目線の楽しみ
ファシリテーター:西谷、藤野
Ÿ   インフラが変わるなら、それに合わせてまちが変わることも魅力的。どういう風に変わっていくのか楽しみ。
Ÿ   30mという道路空間は神楽坂では歴史上初めて どういう位置づけになるか。納得いくものになって欲しい。
Ÿ   並木道は地域の価値を高める。
Ÿ   道は広がっても壁だけになるのは避けるべき。
Ÿ   店などが連続し、賑わいを作り出す。
Ÿ   暫定的な利用をしていく。
Ÿ   今の神楽坂通りの問題点は、出店できるのは大資本のみで、個人は店をだせない。そこで大久保通りの拡幅残地の不整形な土地に個人出店できないか。道路完成までに長い時間がかかるなら、その間安い地代で、時限限定の店を出せるようにできないか。個人出店する場合、地代や建物の負担は難しい。それを仕掛ける側になる商店会やNPOなどが絡んで、公的な仕組みをつくる。
Ÿ   まちがテーマパークのようになってしまうと飽きられる。まちの更新ができる空間が、大久保通り沿道にできるとよい。まちの新たな魅力になる。
Ÿ   坂上交差点の現状はまちのイメージダウン。何か早く手を付けるべき。

■まとめ
(司会:日置)
Ÿ   現実に起こっている問題を前向きにとらえる。これが神楽坂のよいしたたかさである。
Ÿ   今日の主旨は、大久保通り拡幅にみんなが関心を持って実行に移すこと。
Ÿ   ひとりひとり、それぞれの場で話し、できることから意見を発信しよう。
Ÿ   私たちの活動に賛同した女性がウェブサイトも立ち上げた。本日のシンポジウム結果などもそこで公開していきたい。

(興隆会:石井)
Ÿ   今後どうしていくか、が大切。
Ÿ   神楽坂のまちづくりは平成3年から始まっている。地元と行政が連携して取り組んでおり、今日は新宿区もオブザーバーで参加された。30年のまちづくりの成果のひとつとして今の賑わいがある。今後大久保通りについて関心を持っていただきたい
Ÿ   今後の課題について時系列で整理してみると、まず今は工事前であり、道路用地(空地)の問題がある。新宿区を通して三建にも接触中。景観、防犯の問題もあり、早期に解決していきたい。地元のイベントのためなどに活用したい。工事着工は未定だが、柳町をみると過去に商店街があったが、外苑東通りの拡幅工事により大きなダメージを受けた。あのような工事の仕方にしないでほしいと三建に告げている。計画については、東京都の道路設計部門に談判して地元の要求を訴えていきたい。
Ÿ   そのためにも、地域の人々が関心を持ち、大久保通りのまちづくりビジョンをつくることが必要である。そのために、今後このシンポジウムも続けていく。

以上












2018年5月10日木曜日

Jane’s Walk in Tokyo - Kagurazaka 2018


Jane’s Walk in Tokyo - Kagurazaka 2018                                       
2018428日(土) 11:00-16:00
City Organizer - Shunji SUZUKI
サポート:NPO法人粋なまちづくり倶楽部
集合場所:東京理科大学森戸記念館

2018Jane’s Walk in Tokyo は神楽坂及び周辺地区を舞台とし、6名の案内人による6つのコースで行われました。参加人数は合計33名でした。初めにオルガナイザーからジェイン・ジェイコブスについて紹介するレクチャーがあり、その後案内人からテーマとコース紹介があり、参加者は好きなコースをひとつ選びまち歩きを開始しました。少人数だったので、歩きながらお互いに様々なコミュニケーションができました。まち歩きの後、全員が集まり、気づいたこと・発見したことなどを発表し終了しました。

各コースの概要と「気づき」は次のとおりです。

テーマ【コミュニティ】 案内人:藤野貴之
ルート:ポルタ神楽坂~花柳界~アトラス神楽坂~東五軒町あたりのマンション・白銀公園~赤城神社~赤城下町・あかぎ児童遊園~一水寮~パークリュクス~寺内公園
気づき
●アトラス神楽坂
-同潤会でのコミュニティを継承したコモンスペース(集会所・中庭・屋上庭園)は機能、デザインとも秀逸。しかし、この時代では仕方がないかもしれないが、住民以外がこの空間に入れないし気づけない。(向かいのマンションは借景として楽しんでいるようだ)
●赤城神社、パークリュクス
-建設時の経緯を日置さんより説明を受ける。赤城神社の事例があったのでパークリュクスのギャラリー、休憩スペースもできた。そういった経験を継続・拡散していくやり方がコミュニティ空間を広げていくのには非常に有効だと感じた。
●赤城下町付近の密集住宅地
-印刷工場のコンバージョンによるカフェや木造民家を利用したスイーツ店など、このエリアの空き家などが、家賃の安い物件の供給元になっているようだ。
-変にファサーードをいじるより、潔く工場の外観のままだったり、バラック小屋のような外観の方が個性がある。神楽坂らしさという点でもよく出ていると感じる。
-防災面での対応をどうするかが課題。
●寺内公園
-神楽坂は変わっていくことを悪いと思っていない。高層マンションは今でも良いとは思わないが、変わったもの、変わってしまったものの後に対立構造を残したままにせずに、何をすべきかを考えてきたことがハード面でもコミュニティの面でも今の神楽坂を作っているのではないか。

テーマ【漱石探訪】 案内人:増井敦子
お1人参加でしたが、漱石を目的に参加、その為に事前に本も読まれていて、粋まちのボランティアさんなので、今後に置いて役立つと良いかなと思い、この街の雑学も交えて、楽しくガイドさせて頂きました。
ルート
Ÿ   緑香園で、お食事をしてその際に、漱石と関わりの有ったお店を田原屋、尾沢薬補、毘沙門様を紹介して、神楽坂通りからスタート。相馬屋~寺内公園~和良だな寄席跡~丸岡陶苑~芸者新道~料亭末よし跡~軽子坂~揚場町~かくれんぼ横丁~小栗横丁(泉鏡花、北原白秋旧居跡)~理科大近代科学資料(ここで漱石と理科大の関わりビデオ鑑賞)(若宮町を通り抜けて)中町の宮城道雄記念館門前~袖摺坂~芸術倶楽部跡~尾崎紅葉旧居跡(鳥居邸)~矢来町新潮社跡(鏡子夫人実家跡らしき中根家跡)~矢来能楽堂~矢来公園(小藩邸跡、杉田玄白誕生地)~泉鏡花旧居跡~多聞院(松井須磨子の墓)~漱石山房~漱石終焉の地は口頭説明~東西線、早稲田より乗車、神楽坂を目指す。
Ÿ   歩行時間 2時間10分、距離、2.5km
 感想
Ÿ   参加者が、比較的お若く健脚でしたので、漱石以外にも神楽坂ゆかりの場所を、人を探訪する案内となりまして、その大半が路地、住宅街の中に点在。大きな通りの1本の道を歩いているのとは異なる入り組んだ道、路地、住宅街に、徳川武家社会が整備したこの街を、個性豊かな明治の学者、文豪、作曲家、女優等がこの街を文化の彩り濃い街とした背景を垣間みるまち歩きとなりました。温故知新、過去を振り返る事で、この街としての過去から現在に至る街の魅力を再認識するガイドとなりました。参加者も若松河田居住、生まれ育ちもこの地なので、その地に関わる文豪を再認識して、普段、表立って知れない街の魅力を再認識したいとおっしゃっていました!!

テーマ【景観】 案内人:西谷正
コース等
    (1) 開始後「縁香園」にて昼食をとりながら、神楽坂の概略の歴史等についてレクチャー。江戸時代~明治・大正~戦前~戦後(復興)~平成
    (2) 食後、配付資料の地図・写真をもとにまち歩き          毘沙門天~藁だな~五十鈴~坂上交差点~神楽坂駅付近~赤城神社~大久保通り(拡幅の話)~高照寺~最高裁長官公邸跡~若宮神社~小栗横丁~熱海湯階段~丸岡陶苑~陶柿園~志満金~神楽坂下交差点~JR飯田橋駅~芸者新道~かくれんぼ横丁~本多横丁~兵庫横丁~寺内公園~毘沙門天

感じたこと・意見 等
Ÿ   石畳の路地は神楽坂のひとつの大きな特徴でもあるので、いつまでも残してほしい。
Ÿ   「みち」が明治の頃からほとんど変わっていないことには驚いた。
Ÿ   「みち」と「まち」には密接な関係があると感じる。
Ÿ   まちの昭和の風景写真はたしかに昭和であるが、建物が変化したとはいえ、全体として大きく変わった(わからなくなるような変化)ものはないと感じた。
Ÿ   周り(千代田区の再開発事業等)は変わってきているが、その中で神楽坂が今のままでいることは、いい意味でギャップとなり、より特徴が明快になる。
Ÿ   神楽坂通り沿いの新しいビルは、まちづくり協定のなかで制限があるものの、以前から比べると高くなっていると感じる。たとえば、毘沙門天の境内から神楽坂通り方向を見たときの空の抜け方が少なくなっていると思う。 

テーマ【開発】 案内人:山本武彦
Ÿ   3つの通りを巡り、改めて神楽坂通りの賑わいを実感した。牛込中央通り、外苑東通りは人影もまばら。
Ÿ   神楽坂通りと他の2つの通りは何が違うのか。測定器で通りの幅を測ってみた。そして歩いている人を観察した。
Ø  神楽坂通り10 m   ゆっくりお店巡りをしながら歩いている。
Ø  牛込中央通り 13 m            目的地に向かって速足で歩いている。
Ø  外苑東通り 30 m  目的地に向かって速足で歩いている。
Ÿ   神楽坂通りと他の通りの違いは
  人が歩くのに心地よい道幅
  独自の歴史文化的な背景
  Eat & Walk
  お店とコミュニケーションを取りやすい雰囲気
  歴史のあるお店が点在
  狭い間口
  線ではなく面を感じる街
Ÿ   お店の間口が狭く、歴史あるお店が点在することは「ジェイコブズの 4 原則」うち、以下に通じる街の魅力と言えるでしょう。
  道路は短く幅狭く、曲がっていること
  古い建物を大切にのこすこと

テーマ【イノベーション】 案内人:山下馨
Ÿ   路地界隈~理科大近辺~奥神楽坂~裏神楽坂を散策。
Ÿ   路地界隈は古い建物多いと思ったが意外と新しい。イタリアン、フレンチなど外国の店も多数。
Ÿ   敷居が高いと思ったが、ドラマの撮影のせいか気軽に来られるまちだった。いろいろな層の人がいる。
Ÿ   建物外見そのままで内部リノベしているものが見られる。そこが神楽坂らしい。
Ÿ   奥~裏神楽坂では、ブックカフェなど複数の機能の店が多くみられた。

テーマ【大久保通り拡幅の影響を見る】 案内人:鈴木俊治
ルート 兵庫横丁~本多横丁~筑土八幡町(拡幅完成部)~拡幅後にできた狭隘敷地レストランで昼食~寺内公園~大久保通り沿いに牛込中央通り~外苑東通り~北町~森戸記念館
参加者の感想
Ÿ   道路拡幅が中途半端な形で行われている。地盤面の高低差の解消はどうするのか?いびつな道路空間であり、子どもの居場所が無い。
Ÿ   理想と現実が混在している。
Ÿ   行政は粛々とやるだけ。だめといってもそれだけではだめ。
Ÿ   50年前に住んでいた人からみると、今日のありようはどう見えるのだろうか。拡幅されたときに住んでいるのは今の人ではない。住民はまちの変化を受け入れるのだが、町の主体性はどうなるか。今は過渡期にある。
Ÿ   空き地(道路用地)のおもしろい活用はできないか?
Ÿ   地域にとっていいような形で実現されればよい。そのためには住民はどう考えていけばよいのか。
Ÿ   この状況を知って活動することは、他の町にも示唆を与える。
Ÿ   車線増加必要か?車は少ない。周辺や大久保通り周辺で渋滞ないなら拡幅の意味はない。歩道や自転車道路を拡げるというのもあり。
Ÿ   神楽坂の路地は落ち着く。大通りは落ち着かない。中国の大通りは落ち着かないし、迷う。日本の都市計画は細かいが中国はでかい。どちらがよいとはいえない。日本では時間的に長くかかりすぎて結果まちがバラバラになっている。(中国人留学生)
Ÿ   日本の伝統的な建築でイタリアレストランがあるのはおもしろい。
Ÿ   拡幅で突っ走るのではなく、住民の声も入れて見直すことも必要ではないか。







2018年1月11日木曜日

大久保通り拡幅計画 テレビ放送されました

大久保通り(都道放射25号線)拡幅について、1/7のTBSテレビ「噂の東京チャンネル」で放送されました(写真は現地で取材の様子)。番組では、東京オリンピックを理由として眠っていた道路整備が進められることについての疑問、商店街の分断への懸念、立ち退かざるを得なかった人々がお気の毒であること、大久保通りの交通量が減っていることなどが報じられました。


 一方、道路整備にはこれから非常に長期間を要し(現在の用地取得率は10%)、その間は道路予定地は金網囲いの空き地とされること(区の協力があれば有効活用の可能性あり)、道路整備と沿道地区まちづくりがまったくリンクしていないことなどは報じられませんでした。

 放送では、大久保通り整備の理由として、都の回答として「都心部の道路通行の円滑化」が挙げられていましたが、都心主要道路の通行量も近年は横ばいか漸減傾向にあります(下図)。自動車通行のための道路整備は既に大義を失っているのに、都市計画決定済みだから、事業認可されたからという理由で、時代が変化しているのに省みることなく進められています。しかも都市計画決定されているのは全体幅員のみで、その内訳、すなわち道路空間の使い方~歩道や車道の配分など~は事業計画変更で可能なのです。将来の人々に恥ずかしくない公共資産として、道路空間の整備や使い方を見直すべきと考えます。



 放射25号線で、後楽園方面から神楽坂近くに至る整備、開通済み部分は、人も車もまばらな状況です。少数の通過交通に快適なだけで、地域を分断しています。これが21世紀の東京のあるべき姿とは、とても思えません。


  
新宿区はS63(1988)、神楽坂地区を「まちづくり推進地区」に指定しました。H3(1991)には「神楽坂地区まちづくりの会」が発足し、翌H4(1992 )には同会によって「神楽坂地区まちづくり推進計画」が策定されました。

 その後、まちづくり組織としてH15(2003)には「NPO粋なまちづくり倶楽部」、翌H16(2004)には「神楽坂まちづくり興隆会」が発足し、新宿区と共に神楽坂地区のまちづくりを推進して来ました。実に30年間に亘るまちづくりの歴史が神楽坂にはあります。

 他方、東京都が進めようとしている「大久保通り拡幅計画」のコンセプトは「都心部の道路交通の円滑化」です。いま私達は皆さんに問いたいと思います。「道は誰の為のものか?」と。都心部にあっては、もはや「車の為の道ではなく、人の為の道」でなければならないのではないでしょうか?131億円の税金を投入して東京都が大久保通りを拡幅するのであれば、拡幅する部分の多くはそこを歩く人々のための物でなければならないと考えます。

大久保通り拡幅問題がテレビで放送されます

 1月7日(日)13:00からTBSテレビ「噂の東京マガジン」で、神楽坂の中央部を通る都道・大久保通り拡幅計画が放送されます。昭和21年に都市計画決定されたまま、長年動かなかった道路計画が事業決定され、徐々に用地買収が進められています。

  現在の幅員18m片側1車線が、30m片側2車線にされる計画で、街の分断が危惧されます。一方大久保通りの自動車交通量は、1994年のピーク時から30%以上減少しています。

  神楽坂は公共交通の便がよく、歩くことを楽しめるまちです。諸状況から、道路空間が広がるのはやむをえないとしても、自動車中心社会から脱し、広がる空間を歩行者中心の空間にしていくことは、これからの社会において十分に意義のあることではないでしょうか。

神楽坂上交差点 道路予定地の建物が除却され、既に1年以上空き地に。
長期化が予想される。