2016年12月25日日曜日

匠の息づくまち・神楽坂

歴史の蓄積の上で、暮らしに係わる数々の文化的な商業活動が展開されてきたのも、神楽坂の重要な一面ですが、このジャンルでも課題が多くあります。そこでNPOいきまち倶楽部では新しい試みとして「匠の息づくまち・神楽坂」を提案し、これらの活動を側面支援させていただくことを考えています。

取りかかりの第1弾として毎月開催しているまちづくり塾の中に「匠(神楽坂マイスター)シリーズ」を設け、毎回神楽坂界隈で活動されている伝統工芸等に係わる匠の方々のお話を実演を交えながらお聞きし、匠の技の奥深さと、それを支える地域の仕組み、将来的な不安や解決すべき課題について理解を深めています。

10月、11月は手書き友禅師の多田昌子さん、新宿区染色協議会の模様師工藤博さんをお招きし、染色の世界と実情をご説明いただきました。江戸の友禅染は新宿区の地場産業として栄え、今もその歴史を紡いでいますが、現状はなかなか大変。市場の縮小と担い手、後継者不足が深刻化しているようです。でも、その魅力は、その制作過程を知るだけでも実に大きなものがあります。

NPOとしても是非多くの方々に友禅染の商品や作品に触れていただく場と機会を持たせていただくとともに、あわせて街の中に共同制作工房等の整備も必要だなと考え始めました。





2016年12月10日土曜日

大久保通り拡幅問題 その1

神楽坂地区において、都道「大久保通り(放射25号線)」の拡幅事業が進みつつあります。この通りは神楽坂の中央部で神楽坂通りと「神楽坂上交差点」で直交しています。現在片側1車線、幅員約18mであるものが、片側2車線、歩道幅員6m、総幅員30mになる計画で、東京都の計画では次の図のような断面構成とされています。現在、用地買収が進められています。




この計画の通りに道路が拡幅されれば、神楽坂商店街の真ん中を4車線道路が通り、まちが分断されることが危惧されます。また、拡幅された道路に面しては建築の側面が露出することになり、連続したにぎわいづくりにとって、また景観の面からも大きな問題となります。

さらに、道路事業期間が長期にわたることが予想され、その間、一般的な道路予定地のような「金網囲い」がされることになれば、これもまちとして大きな痛手となります。

この道路は戦後の昭和21年に都市計画決定されたもので、その後70年近く動かなかったものが、近年になって事業が進められようとしています。終戦直後と今日では、社会状況、交通量、土地利用、都市整備のニーズなどに大きな違いがあるのですが、そのような違いを超えてまでこの道路を、従来の計画に固執し、自動車のために建設する意義があるのでしょうか?

道路用地買収が既に始まり、多くの権利者の方々が道路拡幅計画を前提として生活設計をされている現状では、拡幅そのものを否定することは非現実的と思われます。しかし、拡幅した空間を車のためではなく歩行者のため、地域のために使うことは大いに意義があります。



今後数回に分け、この問題について提起していきます。

2016年12月5日月曜日

Save the 神楽坂 の趣旨について

先月から今月初めにかけて、朝日新聞の東京版に4回に亘り「神楽坂・粋とモダンの坂の街」が連載されました。12月1日朝刊に載った第4回(最終回)の主役は神楽坂の伝統的な料亭街である「兵庫横丁」(ひょうごよこちょう)に建つ物書き旅館『和可菜』でした。ここでは寺山修司、野坂昭如、色川武大らが作品を、山田洋次監督が脚本を書いていまいた。その『和可菜』が閉館しました。
 神楽坂では2004年に「神楽坂まちづくり興隆会」が設立し、行政(新宿区)と地元住民が一体と為って神楽坂の殿堂的な街並み景観の保全活動を開始し、2007・2011年には二つの「地区計画」が施行されました。しかし神楽坂の伝統的路地である「兵庫横丁」
「かくれんぼ横丁」「見返り横丁」等は、キメの細かい「地区計画」や条例等がないと街並み景観を守ることは出来ません。
                          
【続く】


惜しまれつつ閉館した和可菜旅館